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2008.01.18 (Fri)

1995.01.17-05.46

阪神・淡路大震災から13年。
当時の住まいは神戸・東灘区の六甲アイランド。
40階建てマンションの33階でしたが今にも折れて倒れそうなぐらいの揺れでした。
震度7レベルとのことでしたが体感的にはそれ以上だったように思います。
家族に大きな怪我がなかったことが不幸中の幸いでした。

本土との唯一の橋が崩落したのでライフラインが閉ざされ、外へ買い出しに行けない日が続いたのが辛かったですね。
また、エレベーターを1週間ほど使用できなかったので水などの救援物資を33階まで運ぶ作業は2度としたくないです。

毎年そうなのですが、1月17日は5時には起きるようにしています。
あの日を忘れないために。
たくさんの仲間や教え子を亡くしたあの日を忘れないために。

今、神戸の街はふだんの生活においては「震災」の面影は無いと言っていいでしょう。
道路や住宅などは震災前よりグッドコンディションではないでしょうか。

  でも、ふと思い出すことがあります。
  車で走っているとき。
  三宮で飲んでいるとき。
  駅で電車を待っているとき。

eq-02-a.jpg
嫁さんの事務所が入ってたマンション


eq-01-a.jpg
押しつぶされた嫁さんの事務所。 書類はほとんど取り出せず。

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テーマ : 地震・天災・自然災害 - ジャンル : ニュース

EDIT  |  00:51  |  未分類  |  CM(10)  |  Top↑

*Comment

♪記憶

被災の生々しい写真ですね。
あまりにも身近な間接的被害の為、震災について何も語る事が出来ません。
ただ、タイガースの高卒新人がインタビューで答えて、
「震災の事は記憶に無い、歴史の教科書で知っている。」
こう語っていたのを聞いて愕然としました。
被災者にとっては歴史のページに閉じ込められるような記憶ではないはずです。
tacoco |  2008.01.18(金) 12:31 |  URL |  【コメント編集】

本山駅南まん前のマンションですね。
うちの家と100mほどしか離れていません。
たしか一階部分がなくなっていましたよね。
生々しい記憶がよみがえります。
年取ってボケるまで忘れないでしょうね、
ボケてもこれだけは覚えているかも。
ジャン |  2008.01.18(金) 16:10 |  URL |  【コメント編集】

♪tacocoさん、

ん~、虎の新人君は仕方ないでしょう。
5歳前後だろうし、ましてや直接被害に遭っていないのなら。

生き残ったからには記憶と記録を次の世代に伝えていきたいと思ってます。
ボガ |  2008.01.18(金) 23:31 |  URL |  【コメント編集】

♪ジャンさん、

その通りです。本山アーバンライフです。
1階のガレージはぺしゃんこでした。

ヘルメット&でこライトで書類や印鑑などの救出作業は思い出すだけでもゾッとします。
コンクリートがきしむ音を聞くたびドキドキでした。

これはいつまでも心と体が覚えてると思いますよ。

ボガ |  2008.01.18(金) 23:46 |  URL |  【コメント編集】

♪天災の脅威

色あせてはなりませんね。
私は震災の一週間後,なれない原チャリで開通した六甲アイランドの巡回をしていました。そして一ヵ月後,元町まで出向きました。
この全てが会社の仕事として向かっていたもので,自発的に動かなかった自分自身に未だに歯痒さを募らせています。
多くの方が天に召された震災,決して忘れません。
そして,お手伝いできなかった自分に活を入れたいです。
将パパ |  2008.01.19(土) 02:30 |  URL |  【コメント編集】

♪記憶に残すこと、伝えること

ジャンさんも、そしてボガさんも被災されてたんですね・・・。
どちらもお身内の方に犠牲になられた方が居なかった様子ですので良かったです。
しかし生々しい写真です。
忘れたい記憶、忘れられない記憶。
忘れてはいけない記憶、そして伝えなければいけない記憶。
被災していない自分にはそれが何なのか見当もつきませんが、
戦争体験と同じで、きっと伝えていかなくてはならない記憶があるんでしょうね。機会があれば、教えてください。
たっくん |  2008.01.19(土) 10:21 |  URL |  【コメント編集】

♪将パパさん、

1週間後に六甲アイランドとは凄いですね。
震災直後は橋が折れて車道は1メートルぐらい段差ができていたので、板や瓦礫でスロープを作って車を通すことができたのが4日後ぐらいだったと記憶しています。
私も六甲アイランドの橋が折れたこともあったし仕事柄思うように動けなかったりしかなりて歯痒い思いをしました。

ボガ |  2008.01.19(土) 19:44 |  URL |  【コメント編集】

♪たっくん、

自分の中での記憶は死ぬまで残るでしょう。
ただ、世間では少しずつ風化していく...これは仕方ないことかもしれません。
ただ、事実・記録は後生までしっかり残していきたいですね。
ボガ |  2008.01.19(土) 19:54 |  URL |  【コメント編集】

昨日、自治会の役員研修があり、神戸の人と防災みらい館を見学させていただきました。
ちょうどボガさんのブログを拝見した後だったので、被災者の方の体験談や再現映像等は非常に心に響きました。

神戸の2年後に私の町の海岸にロシアタンカーの重油が漂着した滝、全国から多くのボランティアの方々が着てくださり、神戸の震災で学んだことを活かしながら活動していただいたことも思い出しました。

今、何も気にせず走れることはすばらしいことですね。
chika |  2008.01.21(月) 13:04 |  URL |  【コメント編集】

♪chikaさん、

神戸にいらっしゃってたのですね。
次は是非ともマラソンを兼ねてプライベートでお越し下さいね。

ロシアタンカーの時は神戸青年会議所(JC)に在籍していまして、私は海外出張中で行けなかったのですが若いメンバー達がボランティアとして入れ替わり立ち替わり福井へ足を運んでいました。震災で学んだと言うより、皆さんから支援いただいた神戸が先陣切って現地へ赴かなければ恥ずかしいぞとなってました。
ボガ |  2008.01.21(月) 22:04 |  URL |  【コメント編集】

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